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大阪地方裁判所 平成2年(ヨ)1118号 決定 1990年8月31日

申請人

渡辺正幸

右訴訟代理人弁護士

福本康孝

被申請人

大阪築港運輸株式会社

右代表者代表取締役

箕輪孝也

右訴訟代理人弁護士

石田文三

川村哲二

主文

一  本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し、金二二六万九五九九円及び平成二年五月二五日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り月額三九万九一六五円の割合による金員を仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当裁判所の判断

一  事案の概要

当事者間に争いのない事実及び疎明と審尋の結果によって認められる事実を総合すると、次のとおり認定・判断することができる。

1  当事者

被申請人は、港湾運送事業等を目的とする株式会社であり、申請人は、昭和四九年一〇月二一日、被申請人に期間の定めなく雇用された。

2  労働災害の発生

申請人は、昭和五七年四月八日、就労中に同僚従業員が運転するフォークリフトに追突される事故(以下「本件事故」という。)に遭い、同年七月ころから眩暈や全身的な疼痛、痺れ等を訴えて数か所の医療機関で通院治療を受けるようになり、高血圧性脳症と診断されて同五八年四月二一日から同年六月一一日まで長吉総合病院に入院し、また、高血圧症及び自律神経失調症と診断されて同年七月二六日から同年九月二〇日まで大阪大学医学部附属病院で通院治療を受けた。しかしながら、昭和五九年に入ってからも、申請人の前記症状は好転せず、同年七月三〇日から九月三〇日まで休業し、同年一〇月一日からは松浦診療所に通院しながら隔日勤務をしていたが、同六一年一月中旬頃から同年六月中旬ころまで紀和病院に入院し、その間に胸椎棘突起の骨折が発見され、同年三月一七日に切除手術を受けた。また、同病院退院後は休業状態のまま、いずれも外傷性頸部症候群等の診断名のもとに、当初は松浦病院で、平成元年五月からは協和病院で、同年一〇月からは住吉民主診療所で通院治療を継続している。

申請人は、昭和五九年九月、大阪西労働基準監督署から申請人の外傷性頸部症候群等の傷害が本件事故に起因するものとの労災認定を受け、労災保険給付を受給していたが、平成二年二月一九日、大阪西労働基準監督署から症状固定を理由に同年三月末日をもって労災給付を打切りたいとの打診を受け、主治医とも相談のうえこれを了承し、同年二月二八日付で同旨の通告を受けた。

3  解雇に至る経緯

申請人は、主治医から重機械の運転業務に限れば就労可能との診断を受け、平成二年一月二二日から一週間に一日ほどの割合で欠勤しつつ就業を再開したが、同年三月一五日及び一六日にドラム缶等の運搬作業に従事したところ、再び身体の不調を訴えて同月一七日から二四日までの八日間及び同月三〇日に休業し、同月三一日からは通院のための欠勤もなく就労して重機の運転等の作業に従事していた。被申請人は、同年四月一七日、申請人が沿岸荷役作業(荷物の積み降ろし作業や運搬等の荷役作業)に従事することができないことを理由に、被申請人の就業規則の一三条三号(精神又は身体の障害により勤務に堪えられない場合)、四号(勤務意欲又は執務能力の喪失により勤務成績が著しく不良である場合)及び六号(その他被申請人にやむを得ない事由がある場合)の解雇事由が存在するとして、申請人を解雇する旨の意思表示をするとともに解雇予告手当の受領を催告し(以下「第一次解雇」という。)、さらに、同年七月二五日付で申請人を予備的に解雇する旨の意思表示をなし、未払賃金及び解雇予告手当の受領を催告した(以下「第二次解雇」という。)。

二  解雇の効力について

そこで、右の各解雇の効力を検討する。

1  第一次解雇の効力

前示の事実関係によれば、申請人は、本件事故により業務上負傷し、その療養のため休業を余儀なくされていたものであり、平成二年三月末日からは平常勤務していたものの、同年一月二二日から同年三月三〇日まではいわゆる一部休業の状態が続いていたものといえる。

ところで、労働基準法一九条一項本文は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のため休業する期間及びその後三〇日間は解雇してはならない旨を定めているが、右条項にいう「休業」とは、必ずしも全部休業である必要はなく、一部休業でも足りるものと解するのが相当であり(同旨、神戸地方裁判所昭和四七年八月二一日決定、判例時報六九四号一一三頁)、そうすると、第一次解雇は、休業期間後三〇日が経過する以前になされたものであるから、前記条項に反するものとして無効というべきである。

2  第二次解雇の効力

(一) 労働基準法上の解雇制限との関連

申請人は、第二次解雇は労働基準法一九条一項本文の規定を潜脱する目的でなされたもので無効である旨を主張するので、この点について検討する。

被申請人の第二次解雇は、第一次解雇が無効と判断される場合に備えてなされたものであるが、当事者の一方が裁判所との事実認定や法律的見解の違いに備えて、予備的な攻撃・防御の方法を講じることが許容されるべきことは当然であり(なお、労働基準法一九条一項の休業の意義や業務上の傷病が症状固定の段階に至っている場合の同条項の適用の有無について争いがあることは周知のとおりである。)、また、被申請人が同条項の解雇制限を潜脱する目的をもって第二次解雇をしたことを疑うべき格別の事情はないのであって、申請人の前記主張には理由がない。

(二) 労働協約上の解雇協議条項との関連

申請人の加入する全日本港湾労働組合(以下「全港湾労組」という。)と被申請人との間には、労働災害による障害者に対する解雇については、労使協議のうえ決定する旨の条項を含む労働協約が締結されていることは当事者間に争いがない。また、疎明と審尋の結果によれば、被申請人は全港湾関西地方本部副委員長兼大阪支部長の華川萬吉に対し、平成二年七月一九日に前記解雇協議条項に基づいて申請人の解雇について協議することを申し入れたが、華川からはこれに応じない旨の回答を受けたことが一応認められる。

もっとも、申請人は、被申請人が事前協議を申し入れるべき相手方は関西地方本部であり、また、事前協議に応じない旨の華川の回答は組合の執行委員会の決定を経ない同人の個人的な見解に過ぎない旨を主張する。しかしながら、疎明と審尋の結果を総合すると、全港湾労組においては、使用者と労組組合との交渉あるいは協議については各支部が地方本部から権限の委譲を受けて地方本部を代行して行うのが従前の例であったこと、また、華川の右回答は全港湾労組関西本部及び大阪支部の公式見解として述べられたものであることが一応認められ、被申請人としては、大阪支部の代表者に対して事前協議の申入れをすれば足りるのであり、しかも、当該代表者から協議を拒否された以上は被申請人になすべき手立てはないのであって、被申請人には労働協約上の解雇協議条項に基づく義務の履行として欠けるところはなかったものというべきである。

(三) 解雇権濫用との関連

申請人は、第二次解雇は権利の濫用である旨を主張するので、この点について判断する。前示認定事実並びに当事者間に争いのない事実及び疎明と審尋の結果によって認められる事実を総合すれば、次のとおり認定・判断することができる。

(1) 申請人は、遅くとも平成二年二月末日ころまでには、いわゆる症状固定の状態になったものであるところ、その後遺障害の等級等は明らかでないが、少なくとも沿岸荷役作業等の力仕事に従事する労働能力を喪失しており、辛うじて重機の運転業務に従事することができるだけであった。

(2) 他方、被申請人は、和議申請をするなど昭和五二年ころから恒常的な経営不振に陥り、その後、和議申請は取り下げたものの依然として経営状態は悪く、大東港運株式会社の支援によってようやく経営を維持していた状態で、平成元年一〇月末の時点で多額の欠損を出すなどますます経営状態は悪化し、同二年からは賃金カットを含む合理化案を労働組合に通知していた。

(3) また、被申請人はかつて三〇名ほどいた従業員に対し、経営規模を縮小するのに伴って任意退職を募るなどして次第に人員の削減をし、本件各解雇の時には現場従業員は申請人を含めて三名だけとなり、従業員全員を沿岸荷役作業に従事させる業務上の必要があり、申請人を重機の運転業務のみに専従させるだけの仕事量を確保できない状況にあったばかりでなく、被申請人は、申請人の突然の休業に備え、作業多忙が予想される場合には臨時雇いの作業員を手配するなどの措置をとることを余儀なくされていた。

ところで、申請人は本件事故により外傷性頸部症候群等の傷害を負い、第二次解雇の時点においても後遺障害を残し、沿岸荷役作業には従事できない状態であったことは前示のとおりであるが、このような労働能力の低下に伴う損害については労災保険の障害補償や民事法上の損害賠償等によって填補されるべき筋合いのものであり、現に後遺障害を有している労働災害の被害者に対する解雇が一切許されないものではない。もっとも、一般論として、労働災害により障害を受けた労働者が就労を再開する場合、使用者としてはいわゆる訓練的・段階的な就労の機会を付与し、労働者の労働能力の回復・向上のための措置を講じることが望ましいことはいうまでもないが、その具体的な方法、程度は、職場環境や職務内容、経済状況等に応じて可能な範囲で決定されるべきものである。本件についても、被申請人は、平成二年一月二二日から同年三月三〇日までの間、申請人に通院治療のための欠勤を許し、申請人の療養の便宜をはかるなどそれなりの配慮をしていたこと、また、被申請人が現場従業員三名の零細な企業で経済的にも行き詰まっており、申請人を重機の運転や軽作業にのみ専従させるなどそれ以上の便宜をはかることが困難な状況にあったこと、さらに、申請人の病状の特質、治療の経過及び復職後の就労状況等からして、申請人は、症状固定の状態に至った後においても安定した労務の提供をなし得る状況にはなかったものといえ、他の従業員との公平の見地からしても、申請人を解雇することにはやむを得ない面があったこと等の諸事情に鑑みると、第二次解雇が権利の濫用に当たるとまでいうことはできず、申請人の解雇権濫用の主張には理由がない(なお、申請人は、重機の主任として職種を限定のうえ被申請人に雇用された旨を主張するが疎明が足りない。)。

三  金員仮払について

申請人は、平成元年一月一八日、被申請人との間で、休業中は申請人と同じく全港湾労組の組合員である同僚従業員(川本輝夫)に支払う賃金額と申請人に支給される労災給付(休業補償給付等)との差額分を被申請人が補償するとの協定書及び覚書を締結したのに、被申請人はこれを履行せず、平成元年度及び同二年度の未払い分の合計は二二六万九五九九円に達する旨を主張する。しかしながら、右協定書等の締結については当事者間に争いがないものの、協定書等が記載する補償額の算定方法には趣旨不明な点が多いこと、また、差額算定の基準となるべき川本の賃金額等に関する疎明も十分でないこと、さらに、疎明資料によれば、被申請人による支給総額として申請人が主張する額を上回る金額が弁済されていることが認定されるなどの事情もあって、被申請人の未払い額の有無ないし金額を確定することは困難である。

四  結論

以上によれば、本件申請は被保全権利の疎明が足りず、また、疎明に代えて保証を立てさせて認容することも相当でないから、本件申請はいずれも却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 石井教文)

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